designershome’s blog ~デザイナーズホーム~

専業主婦から不動産・建築の会社を起業したおばさんの話

新興宗教様へ

統一教会の 勅使河原さん。

ナイスミドルでカッコいいですね。

宗教が絡まなければ 本当に素敵な男性だと思います。

 

でも・・・・何でしょうか。

どこまで行っても平行線の宗教論争。

元々、大切にするものが違います。

政治家の方々が一番で。   国民・二世信者・は眼中にありません。

洗脳された者やその子供に もはや人権はありません。

大切なのは本部にお上げするお金の額なのです。(どの宗教も同じですよ~)

痛ましいのは政治家や その家族のみ・・・と言うお粗末。

 

私も過去に洗脳されて半生を宗教に捧げて来たので分かります。

本部に居れば、良い給料が保証され日々信じる神との1対1です。

他の雑音が聞こえるものは信心が足りないといわれるのです。

 

しかし、勅使河原さんの表情を見ていると・・・どこか悲しげです。

此処にきて 、どの信者さんにも 見えてくるものはありませんか?

信じ切って生きてきた経典にいささかの戸惑いは見つかりませんか?

 

過ちを認める事は 自分の全人生を覆す事にになりましょう。

私は マインドコントロールが解けた今でも教祖の踏み絵を踏むことは出来ません。

しかし、経典に書かれた数々の矛盾を突き詰めれば 行き止まりに辿り着きます。

過ちを認めるも一生、貫くのも一生。

しかし、自分に嘘をつきながら生きる人生はもっと辛い事でしょう。

 

私は勅使河原さんの会見を見て痛々しくて見ていられませんでした。

貴方が何とおっしゃろうとも、あなたの心は泣いていますよ。

引き返すことの出来ない人生にはまって 衣食住・名声に困らない人生であっても、真に正しいものであれば 「声を低く…とつとつと語ってください」挑発的な言葉は貴方の弱さにきこえます。   一番大切なものを捨てて生きてきたのでしょう。

 

貴方の人生の御邪魔はしませんが、あなた以外の信者・二世信者の人生に関わるのは辞めて下さい。

まず、今までの過ちを 誰にでもわかる言葉で告白してください。

貴方の様に挫折を知らずに生きてきたこの人生にはこれから、学校では学べなかった多くの苦悩が出現します。

お金や力 名声ではどうにもならぬ内なる戦いです。

まず、一番厄介な内なる戦いを勝利して、今度マスコミにおいでになる時にはもっと晴れやかなお顔でおいで下さい。

宗教は蟻地獄と同じです。救いの為に墜ちていくのです。

墜ちていく同胞のために どうか勅使河原さん・・・今度は貴方が救世主です。

頑張って下さい!  他の社会に目を向けて他の生き方もある事をどうか感じて下さい。

 

 

 

東京オリンピック雑感

胡散臭かった東京オリンピック

 

無事終わってやれやれ。。。と思ったらやっぱり!

 

何かスッキリしない感じだったんですよね~。

やっと原因が分かりました。

私達のすねとか、腕とか頭とか・・・ガリガリかじられていたんですものね~。

何か「痛い!」 感じありました。

 

特に 新型コロナで延期になる寸前の執行部の皆さんの焦ったお顔は、単に「世界の祭典が類を見ない延期と言う事になった・・」と言う危機感のみならぬ 鬼気迫った感がありました。

世界を襲ったこの疫病は 誰のせいでもなく 中止もやむなし。 と言う場面で血色を変えて「どうしても実行せねばならない」・・・と声高の面々が次々と登場しました。

 

勿論アスリートの皆さんの努力に報いるために 中止は出来ませんでしたが何か・・・・?????という。

誰のためのオリンピックだったのか 、誰が日本人の誇りを汚したのか。これはハッキリして頂きたいと思います。

 

 当初から不祥事の連続だったこの祭典に 餓鬼のように群がった面々。

東京地検特捜部 鬼より怖いと言いますから、ここは餓鬼退治をしっかりお願いしたいとおもいます。

 

特定宗教に感染していることが判明したこの国の政治・ 経済界は自己の利益と保身に走り、国民は明日の見えない疫病と 経済不振・政治不信にドはまりしています。

 

何度踏みつけにされても 黙々と生きていきます。

悲しい民族です。

 

 

 

Kさんが亡くなった理由

私が出会った個性的な人は 数えあげればきりがありません。

 

特に建築業界などは 荒くれ物の集まり(失礼しますよ)。

その中で 7~8年前になりますか・・・。

特異な亡くなり方をしたKさんのお話をしたいと思います。

 

Kさんとの最初の出会いは 必ずしも良い印象ではなく、出来ればもうお会いしたくない・・・。と言う感じの初対面でした。

 

産業廃棄物の会社の社長さんです。

始めてお会いしたのは 仲間と集まる居酒屋さんでした。

年の頃なら もう70歳をとうに過ぎている親父なのに 彼女を連れて現れました。

 

飲めや歌えやの この連中の集まりの中で 特に羽振りが良くて 産業廃棄物ってそんなに儲かるんだ~・・・。って感じですが 私はこの業界では珍しい女性の社長です。

 

しなだれた女性を連れて参加しているこの爺さんに好感が持てるはずもなく・・・。

ほぼ 別の世界の人って感じでいました。

 

しかし、この爺さんの羽振り・・・・。

 

いつも財布にみっちりと1万円札を詰め込み、どの酒の席でも そこに居る全員の酒代をポ~んと出しています。

そして、関わる男性陣にとっては 男の中の男・・・という事で 半ば神格化されているようでした。

男の友情は 私には理解できないのです。

彼らは、時に家族より大事な存在であると  女性には入る事が許されない世界であると 肌で感じてきたころ(私には家族が一番)・・・。

 

私は仕事で 重大な問題に接していました。

同業者から のっぴきならない状況で梯子を外された・・・と言うのか。

残土の埋め立てが絡んだ山林の 抜き差しならない所で 関連業者が手を引き・・・。

迷走し、苦悩する私の前に かのKさんが現れました。

 

依頼された手つかずの山林は 沼地に生息する大木の森です。

一本の大木を切り倒すのに100万円の見積りが出ました。

特に手に負えない大木は4本。

水は常に湧き上がります。  昭和の時代は蓮の花が咲いていた土地です。

 

400万の木を伐り倒さないと近隣の猛反対でとん挫してしまいます。

さて、  買い受けを約束した業者は 銀行の融資を理由に梯子を外してきました。

近隣の説明会も終わり 先に進み始めた矢先でした。

 

進むも退くも出来ない状況で 私は夢を見ました。・・・何度も・・・・。

 

山が襲ってくるのです。

この山は大昔から 近隣の雨水を貯め、洪水を防ぎ昭和の時代まで軍用の列車の徴用地にもなっており、そこには地元の方々の深い因縁や 環境保全のための重要な土地でした。

山の神に飲まれそうになったある日・・・ 居酒屋で Kさんに会いました。

「どうしたんだ!」  ふさぎこむ私にKさんが尋ねます。

 

一通り話すと 彼は 「なんだ そんな事か・・・」と言いました。

「そんなもの!   俺が明日切り倒して更地にしてやるよ。」

「でもお金は 何処から出すのか見通しがないよ!」 地主は お金が無いから売りに出しているのです。

「売れたら貰うからいいよ・・・」

 

みんなお酒が入っています。

ワイワイ騒いで ごちゃ満開の中の話に どこまで信ぴょう性があるのか・・・。

半信半疑で 次の朝 9時に 私が現場に辿り着いた時に目にしたのは、 きれいに切り倒され輪切りになった4本の大木でした。

大人が 3人でも手が回らないこの太い木は 朝飯前にきれいな輪切りになっていました。

 

居酒屋の飲み仲間の社長からも 酔った勢いで 「俺が買うよ。」と手があがります。

あっと言うまに 駅5分のジャングルはきれいな更地・中規模団地となり現在は 多くの新住民のふるさととなりました。

因みに 購入してくれた社長さんから「こんなに儲かった土地は無かった」と絶賛されました。

私は 儲けそこないましたが、リスクを考えるとこれで良かったと思っています。

 

それから何か月も経たないある日・・・。

朝食を食べながら 新聞を読んでいました。

ふと目に留まった  地方版の下段に 「 会社社長拳銃で撃たれて死亡 」・・・と

書いてあり そこにはKさんの名前が書いてあります。

 

全身から血の気が引きました。

恩義あるこのKさんに 何が起きたのか・・・。

新聞によると 従業員同士のもめ事でノイローゼになった男に拳銃で後ろから撃たれた というのです。

 

朝ごはんも放り出し とりあえずKさんの自宅に向かいました。

丁度その時 検視を終えたKさんの亡骸がかえって来たところで 奥様から 会ってやって下さいとの言葉を頂き 対面させて頂きました。

 

人間って・・・魂が抜けると本当に小さくて。

爺さんの割には若くて元気な 昭和の社長さんが 本当は小さなおじいさんだった事に驚きました。

お顔に血の跡が付いていました。

 

男の友情で結ばれた連中の嘆きはひとしおで 、彼らはなかなか立ち直れずにいました。

丁度仲間の社長さんのお父さんの葬儀の2日程前の事件だったので、葬儀場には

Kさんのあげた花輪が 入り口に建ててありました。

御通夜の席は まるで Kさんの御通夜の様で 鎮痛極まりない痛ましい席となりました。

 

私はとうとう Kさんにキチンと心から謝ることが出来ないまま、お別れをしてしまいました。

そして、この男たちの厚い友情ロマンに軽い嫉妬を覚えながら 今日まで来てしまいました。

「撃てるものならものなら撃ってみろ!」  と犯人に背を向けて歩き出したKさん。

あなたらしい最後だったと。

今日も この居酒屋には Kさんの席に一杯の日本酒があげられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が出会ったトンでもない不動産屋パート1

世に 職業の貴賤は無いと言うけれど・・・。

相変わらず 「不動産屋」は 世の嫌われ者です。

 

悪どい人の例えに 「不動産屋みたいな奴!」 と言われます。

私もこの業界に 38歳で飛び込んで 怖いもの知らずで生きてきましたが、「甘いな~」  と思う事が沢山ありました。

 

数えあげれば きりが無いほど 「怖い不動産屋」 「悪どい不動産屋」 「狡猾な不動産屋」 の洗礼を受けて生きてきました。

 

初めて見た悪い不動産屋は まだお勤めしていた頃の事で直接の私の被害はありませんでしたが、 開いた口が閉まらない程の衝撃でした。

 

ある日私の勤務先に 二人の男性が 乗り込んでくるところから始まります。

一人は 無口なオドオドした青年。  もう一人は怒りに震えるこの青年の職場の上司でした。

 

社長に何か すごい剣幕で怒鳴っています。

仕事をしながら、耳をダンボにしていると どうやら会社で部長と言う名刺を持たせたNさんと言う人と何かのトラブルの様でした。

 

不動産会社では 良く、社員でない人に営業の肩書を持たせ 歩合で精算と言う悪しき形態が残っています。(社員登録していません)

それは今でも現にあって 、当然責任の伴わないブローカーと言う立場になります。

 

このNさん 。人当たりがとても良く 優しい面持ちの中年オヤジでした。

一見誰にも好かれるこのブローカー親父は、 実はこの青年に中古住宅を購入させた折に、銀行提出用の書類の中に 自分のサラ金の保証人の承諾書を紛れ込ませ ついでにサインさせてしまったようです。

 

当然銀行提出用に印鑑証明も添付してあります。

これで 立派なサラ金保証人が完成して 本人の知らない所で借金をしてしまったのです。

Nさん 完済まで 真面目に払っていればよかったものを・・・しかし滞納してこの青年に取り立ての電話が入ったようです。

 

当然これは詐欺です。

社長が対応していました。

当人を呼びつけて こもごも話していましたが 本人はうなだれて声も聞こえません。

当然 Nさんは1円のお金も出せません。

結論は持ち越しになりました。

後日・・・・

社長曰く  「これって 会社の責任ではないですよね~」

私   「お気持ちは分かりますが これは部長の肩書を持って相手を信用させているわけですから、 名刺を持たせた会社の責任は免れないでしょうね~」

社長   「・・・・・そうですかあ・・・・」

 

確か5~60万円だったような記憶です。

その後の顛末は 恐らくですが、 会社で立て替え 最悪の刑事事件まではならなかった・・・と思います。

 

こんな稼業ですから、社員は次々と色んな問題を起こします。

Nさんはその後 少しずつ表沙汰になって 顧客からの借金はかなりの数に及んだと思います。

 

魑魅魍魎とした業界の入り口で見た仰天ニュースでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♬ 1年前なら覚えているが 3年前ならチト覚えてね~なあ・・・だって!

 統一教会にまつわる疑惑に対する 山際経済再生担当大臣の 弁です。

 

苦し紛れの言い訳にしても 余りに稚拙なこの言い分に この人が経済再生出来るとは

誰も思わないでしょうね。

 

国家を形成する骨格をなす人間の言葉とはおもえません。

 

私達が 税務署のお尋ねに 「ちょっと前なら覚えちゃいるが、1年前ならわからね~な~」。。。と言ったらどうなりますか? ( 港のヨーコ横浜 横須賀~~~♬)

 

即刻 内部調査 課徴金の課税と 泣き面に蜂 になる事でしょう。

これが 政治家だけが 許されるのでしょうか。

 

ここまで 追い詰められてもやめられない 政治家・大臣の椅子って そんなに魅力的なのですかね~。

 

今の子供たちは こんな大人を見て育っています。

大人になりたくない子供たちの嘆きが聞こえてきます。

少子化の問題は 単に政策だけの問題ではありません。

こんな社会に わが子を放り込みたくない親の嘆きが 少子化につながっているのです。

政治家の皆さん 目を覚まして下さい。

せめて カッコいい大人の引け際を見せて下さい。

この世の不条理に身を落としたとしても きっと国民の理解は取り戻せることでしょう。

身を清めて もう一度 カッコいい姿を見せて下さい。

私がはまったゲーム達

機械音痴の私が 昭和60年位に流行った 「ボンバーマン」です。

 

機械操作など全くできなかった私が ゲームにはまったきっかけは もう思い出せませんが・・・・。

 

当時小学生だった二人の娘を 登校班でお見送りしたのち 食事のかたずけもそこそこに 迷路の中の爆弾を爆発させて次に進む・・・と言う今では幻の恐ろしく単純なゲームにはまりました。

 

今のゲームの様にリアルな主人公ではなく、ボンバーマンに出てくる爆弾は とてもシンプルで純粋な目をしていました。

 

爆発したとたんに 大きな目が驚いて壁をクリアーして前に進むというそこの何が面白かったのか・・・今では伝説の様に語り継がれて 娘曰く。

「登校前と 下校後もお母さんは 同じところで 同じゲームをしていて 何が面白いのか分からなかった・・・」 と。

 

娘たちの白い眼をよそに 愚かな母ははまりやすい性格を露呈して 子供を叱ることが出来なくなりました。

 

帰ってきた娘たちの目が 破裂したボンバーマンの目に見えてしまって ゲームの怖さを思い知りました。

 

この一時以来 パチンコはおろか ゲームには全く手を出していません。

 

 

 

 

 

 

 

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戦後に見た風景

77年目の終戦記念日に寄せて 色んなブログやツイッターを読みました。

 

アメリカに無条件降伏をして 婦女子が大変なことになると 自決を覚悟した。

と言うお話。

 

私の母は 元来ノー天気な昭和5年生まれの 終戦時には多分15~6歳だったと思います。

女子挺身隊で 女学校はほぼ休校状態。  毎日軍事工場で お蚕から 落下傘のパラシュートを作っていたそうです。

終戦の時に思った事は ・・・「あ~これで 工場に行かなくても済む。  防空壕に入らなくても済む」   とほとんど何も考えていない能天気女学生だったようです。

 

東北の山村には 終戦の恐怖・・・と言うより 戦争に行った何処どこの誰さんが復員して来たとか、 何処どこの誰さんは戦死したとか 村は噂で持ち切りだったようです。

 

すでにタラワで戦死していた  長男に代わって 母が お婿さんを取って 私が生まれたのですが・・・父も又 復員してきた海軍の兵隊さんでした。

 

男子が戦死して 年寄りと女性だけの一家に頼もしいお婿さんが来た・・・・!

祖母は大変喜んだようです。

 

当時の狭い村にも  悲喜こもごもで こんな 悲しい定めの一家もありました。

親しくしていた 一軒の農家に生まれた物語です。

 

村一番の長者様の家で 重鎮の格式の高いお宅です。

そこの跡取りの 家長さんは 、何故かいつもお手伝いさんと一緒に行動をしていました。 ほぼ奥さんと代わりなく私の両親ともとても親しく行き来していましたが、そのお家に行くと 何故か離れにいつも閉ざされた部屋がありました。

 

奥様が住まわれていると言うのに 何故か私は見たことがありません。

幼い子供ながら  とても不思議で 母に「どうして あのお家はお母さんが離れに居るの?」・・・と聞きました。

いつも 旦那様と一緒にいる人は何なの?・・・と

 

母は「 難しい事だから まだ お前にはわからないの。」

と言いました。

しかし、 この旦那様は村ではとても悪い人・・と言うレッテルを貼られていたようです。

近隣では誰も相手をする人が いない程の 悪い人・・・。

でも とても 優しくて ハンサムで 代々続く庄屋様の家です。

 

私の事もとてもかわいがってくれました。

私も大きくなるにつれ なぜこの庄屋様が悪者にされているのか 少しずつ状況が見えてきました。

 

実は この家の長男は 出征して新婚の奥様を残し戦死してしまったのです。

昔からの習わしで 長男が亡くなった場合は次男が この嫁を貰い 財産が散在するのを防ぐ・・と言うのがありました。

大金持ちが考えそうなことです。

しかし 奥様は新婚でご主人を亡くしたのです。

ならば、次の息子と結婚しろ。と言われて ハイ分かりましたと言えるはずもなく・・・。

間もなく精神のバランスを失い 部屋に閉じこもってしまったようです。

次男の庄屋様は 寂しい青年期を過ごし 自分の身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんを次第に愛してしまった様でした。

(因みに ここには 私と同じ年齢のカッコいい男の子がいました。

これは正妻との子供です。)

 

これを世間では 女たらしのニヤケた奴と 罵って意地悪をしていたようです。

昭和もだいぶ進んだ ある日 ・・・。

私の母は 私と同じで 空気を読みません。

お茶のみの軽い会話で・・本人に、なぜ 女たらしと言われているのか・・どう思っているのか。・・・と突然切り出しました。

 

その時に 庄屋様は ニッコリ微笑んで ・・・「人間 誰でも向こう岸は良く見えて評論するけれども 手前岸はみえないものですよね~」・・・と言いました。

 

他人の評価を気にしてもしょうがない と言う一言でした。

 

戦争の悲劇は これに留まらず この私と同じ年の長男は お嫁さんを貰って 子供も出来たと聞いた 何年後かに 風の噂で 自らの生涯を終えてしまったと聞きました。

庄屋様の嘆きはひとしおでしたが どうやら 原因の一つに 一家に父の妻妾同居の苦悩があったと聞きました。

 

私達一家は もう地元を離れ 一家離散していましたから 何もしてあげることは出来ず 只 風の噂に心を痛めるばかりでした。

 

最後に 庄屋さま に会ったのは 私が 両親と別れる事になって学校の寄宿舎に引っ越しをするとき 寄宿舎迄 引っ越し荷物を運んでくれた時でした。

 

ニッコリ笑って 手を振って送り出してくれました。

私も両親と離れ離れになって 一家そろって 見知らぬ土地でやり直すことになりましたが ・・・最後に見た 懐かしの故郷の風景でした。