designershome’s blog ~デザイナーズホーム~

専業主婦から不動産・建築の会社を起業したおばさんの話

全然「ちむどんどん」しない理由

その昔から、朝の7時半はBSの朝ドラを見ています。

 

カーネーション・・・ドキドキしてみていました。

花子とアン・・・朝から泣いていました。

古くは「おしん

もっと古くは「おはなはん】もっとも この頃BSはありませんでしたが・・・。

それ程 フアンなのです。

 

「ちむどんどん」

まだ始まったばかりです。

沖縄の方はどんな時にちむどんどんするのか、楽しみに見ています。

しかし、このところ所少し無理がありませんか?

 

主人公の暢子。

私と同じ年代です。

当時は 高校・又は中学校を卒業するとほとんどの学生は貧しい農村を後にして東京に就職します。

しかし、暢子の様な待遇を受ける子供たちはまず!いませんでした。

 

速攻で料理の腕前をテストしてもらうなんて!

もう嘘くさくて朝から気分が良くありませんでした。

まずは、便所掃除から始まりますよ~。

名前を憶えてもらうのは 便所掃除が認められてからです。

 

広い東京で 行方不明の兄を探そうと思ったら、そこに現れるなんて・・・。

東京は 待ち合わせをしても会えない事があるんですよ~。

 

まあ、ドラマですから、楽しければいいのでしょうが・・・。見ていて楽しいですかね~。

 

それと、阿武町の 公金使い込みのニュースが大騒ぎです。

確かにこの青年は確信的に使い込みをしました。

でも・・・・。

本当に謝らなくてはいけないのはどなた?

 

まだ人生始まったばかりのこの青年が、たかが4630万円でもう人生終わりでしょう。

目の前に4600万円置かれてしかも自分の意思なしには動かせないお金。

まだ世の中の怖さを知らない青年が魔がさしたとしても そんなに責められることでしょうか?

まあ犯した罪は償ってもらうしかないのですが、被害者面して顔をお出しになっている公務員の方がた・・・。

住民にキチンと謝罪をして、ご自分たちの詰め腹を切ったほうがよろしいかと思います。

出来るだけ速やかに・・・・。

どうせそうなるのですから、1日も早いほうが非難の数も減るのかなあ・・・と思います。

 

朝から辛口のコメントすみません。

お天気も良いので 現場に行ってきま~す。

 

 

 

 

 

 

沖縄返還50周年の違和感

天気予報はやっぱり当たらない!

今日もブツブツ独り言・・・。

 

曇りって言ったじゃない!

雨・雨ですよ~。

アジサイも季節にとっても追いつきません。

もう梅雨ですか?

 

一昨日の5月15日は 沖縄返還50年記念式典を見ていました。

当時は私は18歳で余り良く理解していませんでしたが、これからは沖縄に自由に行けるんだ~。程度です。

朝のNHKドラマ 「ちむどんどん」の主人公と同じ年代です。

大きく変わっていく時代、テレビでは(シンシア)・南沙織・・・と言う恐ろしく美しい沖縄女性が芸能界を席巻していました。

まだ残る安保反対の学生運動の名残の中 フォークソングが流行り出した頃でした。

あれから50年・・・。

沖縄にも行きました。

少しばかりの歴史を学び始めて、沖縄琉球王国の流転の国家を思うとき涙がこぼれます。

首里城火災の映像を見ながら、沖縄の県民の・・・そのまた先祖の方々の苦難を思って心が砕ける思いをしました。

 

何んとなく見ていた50周年記念のセレモニーを見ていて・・・。

私はひねくれ者でしょうか。

国家斉唱をしてくださった新垣勉さん。

素晴らしい歌声でした・・・が 何か悲しくなりました。

沖縄・琉球王国は私の中では日本に同化された民族だからです。

君が代・は少し違う気がしました。

この王国は 大和の国に同化され過去100年以上国難にさらされており

この国の人々の苦難の上に私たちの平和が成り立っています。

 

先の天皇陛下の沖縄訪問も胸を打ちます。

あの天皇陛下の身の縮む思いの沖縄訪問の記憶ももう私達で最期・・でしょうか。

 

忘れ去られる事が一番の罪であると聞きます。

私は政治的意図は全くなく、ただ平和な世の中を孫や子供たちに残してあげたいと願ってやみません。

 

 

 

 

孫の大学の父母総会についてっちゃた!

雨模様の土曜日、1人では 心細い娘にひっついて行きました。

大学の令和4年度父母総会です。

行ったのは二度目ですが、中に入って公会堂を見たのは初めてです。

大きな資金力に裏打ちされた、それは素晴らしい所でした。

ずっと建築物だけ見ていましたが…・・・(。-人-。) ゴメン!

ここで本当に皆さんと一緒に人生を歩く為のステップが踏めるのだろうかと・・・。これが本当の老婆心です。

まだまだ先が長くて 心配だけど、でも 君ならきっとやり遂げるさ。

 

1時間ほどの質疑応答を聞いていたら、ふと外に出たくなってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先ほどから晴れ上がった空に 庭園のバラが咲き誇っていました。

プリンセスなんとか・・・エレガント何とか…すみません横文字は最後まで読みません。  こんな感じの絢爛たるローズガーデンでした。

花の香を存分に楽しんできました。

 

レトロな昭和の職人さん

はた目には パワハラと大勢の人が認識している・・・・

しかし、本人はそれを苦痛に感じない・・・。

 

洗脳することが出来る人は一種の天才です。

そして洗脳される人がいます。

現場には大勢の職人さんが出たり入ったりします。

私は過去に こんな職人さんを使っていました。

 

現場のメインになる大工さんです。

そして今回の主役はこの大工さんの弟子・・・と言うか年齢は親方と同じですが、まあ弟子と言う括りになると思います。名前はなかちゃんと言いました。

このコンビ・・・。

昭和の名残りの親方と弟子。

なかちゃんは親方をとても尊敬しています。

しかし、それは誤解だとみ~んな知っていました。

なぜなら、親方は常になかちゃんを怒号と罵倒で支配していたからです。

初めて現場で出会った他の職人さんが委縮してよけて通るほど常に怒号が飛び交います。

 

なんでもなかちゃんは元暴走族だったとまことしやかに語られていましたが、穏やかなどこにでもいる温厚な大工さんです。

なぜこの親方にいつも罵倒されて働いているのかわかりませんが、過去に親方に聞いたところ、なかちゃんは経済的にとても困って居るところ 親方に世話になったとのこと。

毎日夕方にその日の賃金を貰って帰り、自宅には奥さん、引きこもりの娘さんがそのお金を待っているとか。

 

あるリフォーム現場では、施主さんが驚き二階に避難して下りて来なかったとの逸話もありました。

ある日私は 親方の居ないときになかちゃんに「なかちゃん、いつもご苦労様!。 親方の機嫌が悪い時は大変だね」

と話しかけました。

個人的な会話は余り望まないなかちゃんは「いや~・・・。私がダメな人間ですから、親方には苦労ばかりさせてしまって・・・」と言いました。

私は絶句してしまいました。

この人は自分の言葉を持たないのです。

その日も階段の取付が悪いと「何年大工やってんだ! バカ野郎!!!」と怒鳴られているのを遠目にみていたからです。

私は、ふと考え込んでしまいました。

常に怒鳴られてそれが日常化してしまうと、10の中の1割、優しい言葉を掛けられると人間は 何か不思議なホルモンが分泌されてしまうのか・・・。

次にはもっと褒めて貰うために頑張ろうと思うのか・・・。

叱られるのは自分が悪いからだ・・・と思うのか。

勿論 この親方 元請の私や施主さんには昭和のレトロな職人感満載でかなりの高得点でしたがやはり洗脳する人間の恐ろしさを持っていました。

 

縁が途切れて 何年も前にこの職人さんを現場に入れることはなくなりましたが、なかちゃんも私も 親方も同じ年の生まれ・・・・。

もう 無理は出来ない年齢です。

他社の現場で一緒だった職人さんに聞いたら、なかちゃんはもうヨレヨレでかなりの無理をしているようでしたが、相変わらず親方に怒鳴られているようです。

人間の脳みそって厄介です。

9個怒鳴られ支配され 1割の優しい言葉で親方を愛し尊敬し、これを苦痛と感じていないのです。

又親方もこうして育って来たのでしょう。

昭和なレトロな職人の物語は 令和の御代ではどんな変化をして行くのでしょう。

もう辛抱とか 我慢とか死語になっていますが なかちゃんの感じている幸福感は間違っているかも知れませんが きっとそれがなかちゃんの幸せなのでしょう。

洗脳・・・・・

宗教もしかり。

一度占領された自分の脳みそは もう誰にもどうすることも出来ないのです。

 

 

 

 

 

 

 

足長おじさんとシーちゃん

私の貸し店舗には、不思議な入居人達が入れ替わり立ち代わりします。

 

勿論 入居審査に人間性は問いませんが・・・。

今から10年ほど前になりますが、ある日一人の外国人が片言の日本語で訪ねてきました。

女性です。

 

彼女と私の腐れ縁はそこから延々と続くのですが・・・。

 

彼女はタイ人女性。当時50歳くらいだったと思います。

タイマッサージの店を開きたい!

永住許可証を持っていて日本男性とは離婚して 二人の子供を女手一つで育てている・・とのこと。

 

よせばいいのに私は彼女の片言の身の上話を聞いてしまったのです。

自分の店を開くのにお金を貯めて、店舗探しをしているのだがどこに行っても断られる。

他店で受けたひどい仕打ちを手振り身振りで話し始め、結局私は彼女の話にほだされ よせばいいのに自分の真新しいテナントを格安で貸し出しすることになってしまったのです。

私の人生は魔が差す事ばかり・・・。

保証人もなし、保証審査も通らないこの50過ぎのおばちゃんに、格安テナントをジャックされた私はこの後 次々に起こすトラブルの後始末に奔走し仕舞には日本のお母さんになってしまいます。

 

仮にこの女性の名をシーちゃん・・・とします。

シーちゃんは真新しいテナントに特に断りもなく勝手に造作・看板・・その他の傍若無人ぶりを発揮するのですが、何しろ逞しい。

ある日シーちゃんから、警察の本署に同行して欲しいと依頼を受け、古物商の申請をしたいとの事で 申請に必要な用語の意味を理解するのに通訳してほしいと (おこがましい)頼まれ着いて行きました。片道30分。  暇な不動産屋です。

 

警察署の3階に申請窓口があると聞いて、ノコノコついて行くと入り口にいる受付の警察官が何やらこちらを向いて怒鳴ってきます。

・・・・。

何をそんなに怒鳴るのか理解するのに時間が掛かりましたが、要するに 私もタイ人と間違えられ、「お前たちの勝手にはならない!」  とすごんでいるのです。

私は日本人でそんなに怒鳴らなくても日本語がわかる旨を伝え、シーちゃんに日本で古物商の資格を持つことはそんなに簡単ではない。と諭しました。

彼女は本国にルートがあって、古物商の免許を持っていれば資金調達できるとのことで何か役に立つならと 私自身 在留を少し甘く見ていたようです。

 

まあこの辺りは軽くジャブを一発くらった程度で、それからの彼女は自身で身に着けたタイマッサージで 私が紹介した多くの客の首をねん挫させる。

近隣の居酒屋と揉め事を興しその後始末。

高校生の娘をタレントにするための交渉(めっちゃ美人!)。

家賃値下げするまで払わない!。

とどのつまりは、たまに居酒屋に連れて行ってお酒をふるまう事があり、必ず運転代行を付けて帰らせるのですが、一旦自宅に帰ってから又飲みに行く事が多かったようです。

同郷のタイ人にでもあいたかったのでしょう。

(一度目は交通事故の当て逃げ。 これはしらふでしたが・・・。

追いかけられて逮捕!   裁判にかけられて毎月5000円ずつ支払っていたようです。)

飲酒運転は治りません。

ある夜泥酔してお祭りの山車を引いていた人に体当たり。

なんと、重傷を負わせるという事件を起こしました。 翌日新聞でシーちゃんの事を知りました。

暫く留置所に留めおかれ、長い裁判と被害者との示談に入りました。

ここ迄来ると、私の範疇ではありませんが・・・実はこの時シーちゃんには不思議なご縁の足長おじさんが付いていました。

 

さかのぼる事・・・シーちゃんと知り合って1年ぐらいたってからでしょうか・・・。

シーちゃんに男性の影を見つけました。

シーちゃんはある男性から過去10年位の間に3000万円(シーちゃん曰く)ものお金をもらっていました。

そして今なお子供の教育費や 自宅の住宅ローンなどすべてこの足長おじさんが援助していたことを知りました。

まあ良くある話なので特に驚きませんでしたが シーちゃんはビックリするほどブスです。(女性蔑視ですかね~)

キンチョーのコマーシャルに出てくる外国の女性にそっくりです。

彼女が敵を作らなかったのは一重に笑える程のこの容姿の御かげなのです。

 

そしてこの足長おじさんは、なんとあの 有名航空会社の機長さんで今は引退していますが・・・そのほとんどをシーちゃんの為につぎ込んでいたのです。

シーちゃんの御かげで私など絶対にお会いすることのない雲の上の人に何度もお会いしました。

そして、驚いたことにこの機長さんは本当に足長おじさんで、シーちゃんには何も求めていませんでした。

ご自分の娘さんが、アメリカに移住してアメリカ人と結婚し現地での苦労を知っていた為に、同じ境遇のシーちゃんを放って置けなかったと、この腐れ縁を嘆いていました。

途中で放り出すことも出来ず、末娘の高校卒業を見届けて縁を切ろうとした矢先の交通事故でした。

それから、長い裁判で先の事故の賠償も終わっていなかったのでしばらくは刑務所に入って居たと思います。

事故車の所有者という事もありその責任は大きかったと思いますが、最後までシーちゃんに寄り添っていました。

刑務所から出てきたシーちゃんは、息をするように私の顔を見ると「お金!ないよ~」

といいます。

お金ないのは分かりますが私にどうしろと言うのか・・・。

結局お店を畳むのに現状復帰の資金がない。とのことの様です。

事故を起こした時から、そんなことはとうに諦めていました。

勝手につけた看板撤去・内装の撤去処分。クリーニングなど  なんと30万円ものお金を私は餞別代りに自腹を切ることになりました。

 

多分日本で一番おめでたい不動産屋ですが、シーちゃんのどこかがきっと好きだったのか・・・と。

シーちゃんはある日消えるようにこの街から姿を消しました。

自宅は競売に出て、足長おじさんとその後もたまに連絡を取りますが、ここにも何の連絡もないようです。

嵐の様に突然やってきて、やりたい放題のまま居なくなったシーちゃんは風のうわさで東京近郊の町で暮らしているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

売りに出ちゃった?私の家???

何年か前の事ですが・・・。長年の友人から 電話が入りました。

 

「あのね・・・困っていることがあるの・・・。」

???

温厚な彼女がなにやら怒っている様子。

 

彼女の話は、耳を疑うような内容でした。

某新聞に折り込みされた不動産チラシに何と!

依頼した覚えのない自宅の写真が掲載されて売りに出されていたとのこと。

 

通常ではあり得ない不動産広告事故です。

彼女も何が何だかわからずに取りあえず不動産業の私に連絡をしたとのこと。

 

ん~。

この業者は地元で華々しく営業活動をしている業者で、不動産広告も派手なカラーの大判で数々の中古物件を掲載しています。

私は閃きました。

この業者一軒隣の売り物件を間違えて探し当てて写真を撮った模様です。

通常売買を依頼されて販売する場合にはこんな事はあり得ませんが、専任媒介をもっている業者の了解を取って売買を掛ける場合、売主に許可を取っている場合物件説明は間違えることはありませんが、よく調査せず写真撮影を任されている新人の営業マンなどの場合にこんなアクシデントが起こるのかも知れません。

「これって抗議してもいいの?」

彼女は控えめに怒っています。

当然です。

私のアドバイスでこの業者に抗議の電話を入れた模様ですが、恐らく軽くあしらわれた模様です。

なにせ、翌週も同じチラシが入っていましたから。

恐らく成約に至らないから、不動産事故には繋がらないのでしょうが「悪い悪い!」では済ませられない事でしょう。

まあ出したもの勝ち! 反響を取ったもの勝ちのこの手の不動産業者は反省などはありません。

コロナ禍の昨今では不動産市場も一部の地域を除きまだまだ苦戦が予想されます。

わが社での仕入れも難航しています。

後日ご報告出来るようになりましたらご報告いたしますが、住まいの終活も様々な問題を抱えています。

又忙しい毎日が訪れますように!

 

 

 

天気予報はなぜ当たらない!


お天気に左右されるお仕事や、メンタル管理、身体的管理 ・・・。

せめて前日の予報位当たって欲しい。・・・天気予報・・・。

 

時に神経痛持ちのおばあちゃんの方が確立高かったりしませんか?

どんな仕事でも難しい事は沢山あります。

私の様に、不動産や建築物を扱っている仕事には 当たり・はずれは許されません。

なのに、どうして天気予報だけが「ごめんなさい!」で許されるのか。納得がいきません。

 

今日の様にスカッと晴れて見事予報が外れた時は特に腹は立ちませんが、天気予報を見ながら仕事の工程を組んで多少のずれは見込んでいても、ものの見事に外れて大きな代償が出ることもしばしばあります。

不動産なら、欠陥住宅を掴まされる。 建築士なら耐震偽装される。弁護士なら全然勝てない。司法書士なら誤って他人の土地を所有権移転してしまう。裁判官なら冤罪で死刑にしてしまう。

こんな事はあり得ませんが、気象予報士はほぼ毎週のように読み違えます。

はなはだしくは「明日のお天気は、晴れ、時々曇り。一部では雨も降り雷があるでしょう。山沿いでは雪に注意してください。」

・・・・どれか当たるだろう!!!!!

 

他人を責めることはあまり好きではありませんが、日々舌打ちをしてしまう事を書いてしまいませた。

でもたまに「ごめんなさい!」っていってくれる予報士さん好きです。

今日は終日曇り予想が 快晴!

ご機嫌です。