私は、「人生の幸せ玉」 はみんな同じ数だけ持っていると信じています。
神様がくれた幸せアイテムは どこで使うのか・・・・。
幸せなことに・・?
私はほとんど使っていませんでした。
19歳で結婚をして20歳で初めて授かった子供が、10か月の私のお中で死産をして生まれたとき。
こんな悲しい事があるのだろうか。と思いました。
男の子でした。
夫は長野県に単身赴任中で、知らせを聞いて駆けつけたときはもう私のおなかから引きずり出されて紫色になっていたという事を後に聞きました。
私は一度も会わせてもらえず、夫が火葬の為の死に支度をしました。
高校生の時保育の時間に良い母になる為に縫い合わせた産着を毎日出しては眺め、眺めては仕舞いこの日を待っていたのに 七夕の前の日の朝へその緒を三重に巻いて生まれてきたのです。
一生分の涙は多分この時流してしまったと思います。
しかし、翌年の10月に幸せアイテムを一つ使いました。
昭和50年10月10日 長女が誕生したのです。
2750グラムの小さな女の子でした。
体の弱い子供でしたが、私の背中で育ちました。
どんな人にも同じ数の幸せ玉があると気が付いたのは、もっともっと後・・・つい最近のことです。
どこにあるのか、いつ巡り合えるのか・・・。私の幸せ玉は、ずっと息をこらして、まだ始まったばかりの20歳の私をジッと見ていたようにおもいます。